がんばろうニッポンの中小企業とは?

共感する人と一緒に船出を 

自分自身と向き合いイズムを構築

小麦粉から精製したでんぷんを発酵させてつくる『くず餅(久寿餅)』の専門店船橋屋は、江戸時代から200年以上続く老舗だ。同社の渡辺雅司社長は、7年間の銀行勤務で培った経営ノウハウを武器に、利益率の高い体制を構築。その後、オーケストラのような組織づくりに邁進。「く・ず・も・ち ひと筋真っ直ぐに」を経営理念とし、働く人が幸せな会社として、おもてなしの心を伝えている。

血よりも重いのれん

「老舗の嫡男だからといって家を継ぐことが決まっていたわけではない」。東京の下町にある亀戸天神の門前で、200年以上の歴史を誇るくず餅専門店、船橋屋。そののれんを先代より引き継いだ八代目渡辺雅司社長は、事業承継についてこう語る。老舗企業の多くは、嫡男が家業を継ぐ。だが、船橋屋はその限りではなかった。四代目、六代目、そして七代目の渡辺氏の父も養子。六代目である祖父には実子がいたが、「祖父は息子を『七代目ののれんを継ぐ人物ではない』と判断。父を養子に迎えたと聞く」(渡辺氏)。「血よりのれんのほうが重い」という厳しさがあるからこそ、200年以上の長きを生き抜くことができたのだ。

渡辺氏は「家を継げ」と言われたことはなく、漠然と「父も養子なのだから同じように誰かが店を継げばいい」と思っていた。ディーリング業務に興味を持ち、大学卒業後は大手銀行に入行。バブル絶頂期から崩壊が始まるまでを銀行で過ごした。

家業を継ぐつもりはなかったが、その気持ちが変わったのは、六代目として会社を守ってきた祖父が倒れたときだった。「意識朦朧となって横たわる祖父が、譫うわ言ごとで、かなり以前に亡くなっていた叔父を叱っていた」(渡辺氏)。意識の定まらぬ中、亡くなった息子を叱責する姿を見て、息子を後継者として指名できなかった祖父の辛さを初めて知った。また、結果として実子を押しのける形で船橋屋を継いだ父が背負う老舗の重みも痛感した。「祖父や父の、老舗を継承する覚悟と背負う十字架の上に、今の自分があると思った」(渡辺氏)。そう感じたとき、自分が今ここにいることの恩返しをしたいと考えたのだ。1993年、渡辺氏は銀行を退職。船橋屋に後継者として入社した。


事業継承は親との戦い

「銀行員の知識を活かせば、ウチのように小規模な会社の経営など簡単だと思っていた」と渡辺氏は振り返る。ところが、入社した日、職人が昼過ぎから酒盛りをしている状況に直面。就業規則はあっても浸透しておらず、規則より先輩職人のいうことが優先されていた。

「職人はきちんとものづくりをしてさえいれば、それ以外は何をしていてもいいという風潮があった」(渡辺氏)。もちろん、「売るよりつくれ」という社訓のとおり、製品をつくる職人が仕事をしやすい環境は大切だ。だがそれは、好きなことを何でもやっていいというものではないはずだ。また、バブル崩壊直後、銀行員としてさまざまな老舗企業が斃れていく姿を見てきた渡辺氏は、「同じやり方を続けていてはいけない」と強い危機感を持ち、大改革を行った。

「父とそのブレーンたちとの戦いだった」(渡辺氏)。先代のやり方と大きく違う改革に、古参の社員からは反対の声が挙がった。従来のやり方でうまくいっていた時代を長く経験していたことで、「変える必要はない」と感じていたのだ。

「父ともかなりやりあった」と渡辺氏は明かす。「人徳がない」と詰られることもあったが、渡辺氏には明確な信念があった。

組織は人だ。高い知識でよいものをつくっても、仕事に対する考え方が全く違っていては、同じ方向を向いて働くことはできない。渡辺氏は、自分の目指す方向を明確にし、反対する社員とは徹底的に話をした。強行ともいえるやり方に、父の懐刀として活躍していた人の中には、「ついていけない」と辞めていく人も多かった。

改革は社内だけではない。「取引先も、理にかなわない金額で卸していた先は、たとえ何十年取り引きを続けてきた会社でも、仕入れ先を変更した」(渡辺氏)。


まずは自分自身と向き合う

改革を断行した当時、「会社の目的は高い利益を得ることだと思っていた」と渡辺氏は言う。その信念のもと、無駄を排除し、コストを削減。利益率は6倍にまで改善した。だが、社内の雰囲気はよくならなかった。戦いの中にいた渡辺氏は、常に鬼の形相。どんなに会社をよくしたいと尽力しても、社員はなかなかついてこない。「信頼できる人がいない状況で、体調を崩してしまった」(渡辺氏)。今からおよそ8年前のことだ。

このままではダメだという想いを抱えていたとき、ある人に「社員のことを〝やつら〞と見下すように話すうちは、経営者としてまだまだ」と言われた。その言葉にハッとした。振り返ってみると、確かにそう呼んでいたことに気がついたのだ。

「自分が正しいと思うことだけを社員に強要していた」(渡辺氏)。鬼の形相で上から断定的にものを言うだけでは、社員は社長の顔色を伺うばかりで本心を言うことはしない。そのことに気がついた渡辺氏は、これまで見ているようで見ていなかった自分に不都合な現実や、自分自身の弱さとあらためて向き合った。そして、会社を支えている社員たちがどういう状態であれば、自分の理想とする会社に近づけるかを、これまでとは別の角度から考えていったのだ。

渡辺氏は、縦割りの組織から、横断的なチームをつくり、プロジェクト制でものごとを決めていく方式をとり、社員が能動的に働きやすい環境へと、会社の仕組みを変えていった。


目指すはオーケストラ的組織

現在渡辺氏が目指すのは、オーケストラのような組織だ。さまざまな楽器がそれぞれの個性を生かし一つの音楽をかたちづくる。同じように、社員それぞれが自らを輝かせることで、組織全体が光り輝く。そういう組織をつくるために、渡辺氏は、社員一人ひとりの個を最大限に活かすためのサポートを行っている。年2回、社員と1対1で対話をする機会を設けているのもその一つだ。社員の話を聞き、必要があればより深く心の奥まで掘り下げる。本質的な問題に自ら向き合うよう導くのだ。

「自分自身と向き合い、ダメなところも含め受容できるようになると、人は大きく成長できる」(渡辺氏)。まさに自身が8年前に経験した気付きを、社員一人ひとりに気づいてもらうための作業だ。

同社の経営理念である「く・ず・も・ち ひと筋真っ直ぐに」。この言葉には、渡辺氏の信念と、この経営理念を実践し続けるという社員たちの覚悟が詰まっている。くじけずに日々努力すること、製品を研鑽し続けること、お客さま、地域、日本、自分自身の幸せを実現するために、時代の変化に柔軟に対応し、進化し続ける経営体制で臨むこと、常に最善を尽くし、成果を出すことで自らを成長させ、夢を実現させること。この、同社の「クズモチズム」と呼ばれる〝イズム〞が社員に浸透していることで、皆が一丸となって生き生きと働くことができるのだ。

「従業員満足なくして顧客満足なし。顧客満足なくして成果なし。成果なくして発展なし」という渡辺氏のマネジメント・ポリシーは、同社で働く社員のやりがいや生きがいを生み出し、キラキラと輝き続ける原動力となっている。

※月刊ビジネスサミット2014年9月号より