がんばろうニッポンの中小企業とは?

続けるという強い意志が仕事を呼び込む

お客さまがある限り会社を存続させる

子どもがお腹の中にいるときの母親の心音を録音し、CDへと加工して提供しているHeartBest(以下、ハーベスト)(宮崎県延岡市)。同社の河野靖美社長は、2012年、精算することになった会社から事業を引き継ぎ、新会社設立を決断。「お客さまに求められ続ける事業」を継続し、発展させるべく、東奔西走している。

できることはまだある

妊娠から出産までの間、胎児が絶え間なく聞いている音がある。母親の心臓が拍動する音、「心音」だ。胎内にいるときしか聞くことができない母親の心音を録音し、妊娠出産のプレゼントとして贈れば、何よりの記念になる││。これがハーベストが提供するサービス、『安心音』が生まれたきっかけだった。

『安心音』が発売されたのは、2009年。当時、乳幼児教育を行っていた関係者が「癒しの心音グループ」を結成。アイデアを形にした。09年の東京ビジネス・サミットで大賞を受賞したことがきっかけで、オリオンを設立。多くのメディアにも紹介された。

売り上げは少しずつ伸びていったものの、これまで存在しなかった「心音を記録する」という行為を、世の中に浸透させていくことは想像以上に難しかった。販路の拡大は当初計画した通りにはいかず、考えていたほどの利益も出なかったことで、オリオンは会社を解散させる方向へと向かっていった。

だが、「まだまだやれることはあると思った」と語るのは、安心音の事業をオリオンから引き継ぎ、新会社としてハーベストを設立した河野靖美社長だ。もともと安心音のアイデアは河野氏が提案したもの。オリオンで取締役として安心音事業の営業担当を任されていた河野氏は、直接お客さまと接し、感謝や期待の声を直に聞いていた。

安心音は、子どもが産まれる前に母親の心音を録音。聞きやすく加工したものを生まれた後に写真と一緒に提供する。そのため「会社の解散が決まったときも、預かっている心音が100件ほどあった」(河野氏)。口コミによってサービスを知った人からの受注も続いていた。商品を求めている人に対し、「もう止めます」と言うことはできない。そんな強い想いで事業継続についてさまざまな方法を模索した結果、12年、河野氏自らが、新たな会社を立ち上げることになったのだ。


「心音」を知ってもらう

事業を継承することを決めてからは、「今できることをやりきろう」と突き進んだ。まず考えたのが、オーダーメイドではない市販の心音CDを発売することだった。「心音」という言葉すら、「それって何?」と聞かれるほど、まだ世の中に認知されていない。その存在を知ってもらうためには、どんな形でもいいから、多くの人が聴く〝心音CD〞をつくろう。こうして生まれた河野氏のアイデアは、人気女性アイドルグループの心音をCDにして販売することだった。

心音はリズムも音の高低も、一人ひとり違う。「せっかちな人は、心音もせっかちになる。その人の人となりが現れる」と河野氏は言う。お気に入りのアイドルの心音が入ったCDが発売されれば、それをきっかけに「心音」という存在が認知されると考えたのだ。

たまたま、地元延岡の近くに、元音楽制作会社のプロデューサーがいることを知り、その人を頼りに売り込みに行った。そこで別の大手制作会社を紹介され、飛び込んだのだ。

アイドルの心音を発売するアイデアは、ストーリーがなければ提案の土台にさえ乗らないと一笑に付された。だが、河野氏が営業に飛び込んだ12年4月は、ちょうど「聴くサプリ」というブランドで、不眠や不安感解消、免疫力アップなど女性の悩みに対応したヒーリングCDを出すことが決まっていた。

母親の心音は、赤ちゃんの「癒し」になる。胎教にいい音楽やお腹に子どもがいる母親がリラックスできる音楽など「聴くサプリ」シリーズ第2弾として、心音とクラッシックや童謡などをミキシングしたCDを出すことが決まったのだ。


感覚値から客観値で信頼を

こうして12年の秋には、同社がプロデュースしたCDが発売された。さらに同じ頃、書籍出版の依頼が舞い込んだ。それが「ママの心音CDブック」だ。「どうして心音を聴くと子どもが泣き止むのかを検証した本にしたかった」と河野氏は言う。そこで、安心音をつくる際に協力してくれていた、胎内記憶の研究者で産婦人科医の池川明氏に執筆を依頼。さらに、心地よいとされる音域やリズムを持つ心音をパターンごとにカテゴライズし、地元延岡の保育園の協力を得て、1500人の母親にアンケートを実施。実際に心音を聞かせてどんな変化があったのかを調査した。

これまでは、産婦人科などに営業に行っても、「本当に効果があるの? そう思い込んでいるだけなのでは?」と、客観的な研究結果を求められ、門前払いされていた。「お客さまからの声を挙げても信用してもらえなかった」(河野氏)。本の制作をきっかけに、アンケートのみならず、心音が及ぼす効果を科学的に証明できるよう、大学との研究も行うようになった。

現在、3つの大学で4つの研究が同時進行で行われている。それには、心音が胎児に及ぼす影響から、未熟児の保育器に取り付けた際の効果、高齢者の安眠効果など、単にぐずる赤ちゃんだけでなく、それ以外の人たちへの効果についても検証が行われ、新たな広がりが期待されている。


親和性の高い事業とコラボ

河野氏が今積極的に行っているのが、心音と親和性の高い事業を行う企業とのコラボレーションだ。産婦人科医院、マタニティヨガを展開するヨガ教室、マタニティフォトを提供する写真館など、マタニティ向けの事業を展開している企業と一緒になって録音会を行い、CDを販売している。さらに、イベントで録音したCDをプレゼントするなど、百貨店の常連客へのサービスとして活用してもらう新たな取り組みもスタートさせた。

以前は営業する際「母親のお腹の中で胎児が毎日聞いている心音を、記念として贈りたい」という、つくり手の想いを熱く語っていた。だが、「それは想いを押しつけていただけだった」と河野氏は言う。

近年、デパートでは、ほかとの差別化になるような新たなイベントを模索していた。赤ちゃん向けの記念品は山ほどあるが、母親が主役のマタニティの記念品はなかなかない。心音を録音してプレゼントすれば母親向けの記念イベントになる。それを積極的にPRすると、何度出向いても振り向いてもらえなかった百貨店で、イベントを行うことができるようになった。

「これまでは、自分たちの想いが先行し、何が求められているのかを、聞いているようで聞けていなかった」と河野氏は振り返る。取り引き先のニーズを正確に聞き取ることで、新たな販路が広がったのだ。


市場はいま、生まれつつある

「今年初めて、大手玩具メーカーから、競合となりそうな商品が売り出される」(河野氏)。心音など母親の胎内の音を録音し、ボタンを押すと再生できる玩具だ。

この発表がなされたとき、「ウチはもうだめかもしれない」と落ち込んだという河野氏。だが、今では「考え方を変えた」と言う。宣伝力では大手企業にはかなわない。これまで、同社がいくらがんばっても、心音の効果を皆が知る状態にすることは難しかった。だがそれは大手であれば可能だ。大手メーカーがこの玩具を宣伝することで、「心音」を録音する文化が生まれる。「それは市場が確立されるということ」(河野氏)。

大手が「心音を録音する」という新市場をつくる。その中で、玩具で録音するのとは違う、質の高い心音を提供していくことができれば、製品の販路拡大も可能だろう。 今後、同社の大きな柱であるオーダーメイドの心音録音サービスをさらに広げていくことで、売り上げアップを目指す。

また、夜泣きや寝ぐずりに悩む母親からは、泣きやんでもらうために、「心音だけでいいので欲しい」というオーダーも多い。そこで、写真やCD化、心音と森の音などをミキシングした音源といった付加サービスを省くことで価格を下げ、3000円台で心音だけをデータ化するサービスの提供も始める。「求められている限り、会社は続けなければならない」と語る河野氏。本当に求められている商品を、どう知ってもらい、さらに買ってもらうか。

「なんとかしなくちゃ」と眠れない夜が続いても、「考え続けていれば必ずアイデアは浮かんでくる」(河野氏)。そうした必死の想いが周りを動かし、大きな流れをつくっていく。


※月刊ビジネスサミット2014年6月号より

  • 株式会社Heart Best
  • 宮崎県延岡市幸町2-89-2
  • 0982-26-0577