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​誇りある仕事を次の世代へつなぐために

農家の収益を増やすためにできること

全国でも有数のゴボウの生産地である青森県三沢市。だが、つくられるゴボウのおよそ2割にあたる2000トン以上が、規格外品として廃棄されていた。こうした規格外のゴボウを活用し「『ごぼう茶』をつくってはどうか」——。この須藤勝利氏の提案が、ごぼう茶の製造販売会社グロウスを立ち上げるきっかけとなった。

不安を抱えながらのUターン

「自分で会社を興そうとは思っていなかった」。こう語るのは、青森県三沢市のゴボウを使って「青森ごぼう茶」を製造販売するグロウスの須藤勝利社長だ。

須藤氏は、東京でアパレルのセレクトショップ店員をしながら、夜はDJと、二足の草鞋を履いていた。アパレル店舗では、先輩が次々と地元に帰り、独立。「自分もいつか地元に帰り、お洒落なセレクトショップをやるのもいいかもしれない」と憧れを抱きながらも、漠然と「今やりたいこと」を仕事にしていた。

だが、20代後半にさしかかった頃、独立したはずの先輩の店は、数年もしないうちにバーや居酒屋に変わっていた。「経営がたちゆかずに廃業し、これまでとは関係ない仕事に就き直している人もいた」(須藤氏)。

意気揚々と店を立ち上げても、収益が上がらず夢破れる人の姿を見て、「このままこの生活を続けていいのかと不安を感じた」と須藤氏は言う。アパレルで独立しても、続けていくことは難しい。まして職業としてDJのみで生活できる人はほとんどいない。

「手堅い職業について資金をため、退職した後、自分の思うような洋服店を開こう」――。そう考えた須藤氏は、故郷の青森に帰り、不動産会社に再就職した。ところが、手堅い仕事だと思って入った会社は業績がのびず、入社から4年が経つ頃には、給与が出なくなってしまった。

そこで青森県の未就職者等正規雇用化促進事業で募集していた実習生に応募。7カ月間、仕事に対する考え方を学びながら実習先でさまざまな仕事を経験した。


青森の魅力を再発見

青森県三沢市の特産品をつくるための会議へ参加したのは、こうした研修の一環だった。会議の中で、三沢市がゴボウの生産量日本一だと知った須藤氏は、規格外品のゴボウを活用し、「ごぼう茶」をつくってはどうかと提案する。

もともとハーブティーが好きだった須藤氏は、普段からさまざまな種類のものを購入していた。その中にはゴボウがブレンドされている茶葉もあった。利尿作用があり、体内の毒素を出してくれるとして知られ、「西洋ではほかのハーブとブレンドして飲むのが一般的だった」(須藤氏)。だが、専門店で販売されているのは、専ら海外からの輸入品。しかも、ハーブティーが盛んにつくられているヨーロッパなどでは、ゴボウの栽培はほとんど行われていないため、原料は山野に自生するものを使っていると聞く。採取に手間がかかるため、価格も高い。

「日本のゴボウを使っておいしいごぼう茶をつくれば喜ばれる商品になるのではないか」――。須藤氏の提案に、その場にいた人の多くが賛同。農産物を加工して道の駅で販売する団体とともに、市の施設を借りてごぼう茶の開発が始まった。

試飲販売を開始したのと同じ頃、テレビなどでごぼう茶が健康にいいと取り上げられた。「あっというまにブームになった」と須藤氏は振り返る。この流れに乗り、本格的にごぼう茶を販売しようと、販売会社の募集がなされた。しかし、条件に見合う会社はなかなか見つからなかった。須藤氏にも、「やってみないか」と声がかかったが、当初は「起業するという決断は、自分にはとても高いハードルだった」と須藤氏は言う。

もしうまくいかなければ、従業員や取引先、応援してくれる人たちなど、関係者に多大な迷惑がかかる。そうした責任を負えるだけの覚悟ができなかった。また、従業員に対する教育をするのも自分ということになる。まだまだ成長途中の身でありながら、とても人を教育する立場に立てるとは思えなかった。


農家の雇用を守りたい

販売を一手に引き受けるような会社はなかなか見つからなかったが、地元のゴボウ農家と一緒に集まって、ごぼう茶をつくり、パッケージングする作業は粛々と続けられていた。

それまで、起業することに二の足を踏んでいた須藤氏が決意したのは、そんなある日のことだ。「製造現場で、『息子から跡を継ぎたいと言われたが断った』という話を聞いた」(須藤氏)。ゴボウ農家は儲からないから、会社員として働いた方がいいと言うのだ。「農業は人生そのもの」と、仕事に対して誇りを持つ人たちが、「息子には継がせたくない」と語る。その現状をなんとかしたいと強く思った。さらに妻から「〝やりたい〟と思うなら、やればいい」と言われたとき、心底「やりたい」と感じたのだ。

三沢市で試作しているごぼう茶は、生産したゴボウのなかでも、曲がっていたり、ヒビが入っていたりして、流通に乗せられずに廃棄していたものを使っている。つまり、ごぼう茶が売れれば、農家の利益に直結する。自分の仕事に誇りを持っている農家の人が、子どもたちに「やらない方がいい」などと言わずに済むように、農家を応援する会社をつくろうと決意したのだ。


コミュニケーションが大切

起業を決意したものの、社員に幸せだと思って働いてもらえる環境がつくれるのか、従業員を育てられるのかといった不安は、なかなか拭えなかった。だが、これまで出会った経営者や先輩と話をすることで、一つずつ解消していった。自分自身が成長しようと努力することをやめなければいいのだと前向きな気持ちを持つようになった。

こうして、ごぼう茶を製造販売する会社を立ち上げた須藤氏だが、起業したばかりの頃は、従業員とのコミュニケーションがうまくはかれず、信頼関係を構築するまでには紆余曲折があったという。

当初、須藤氏は現場で製造管理を担当。業務効率を考え、ルールを決めて管理を行っていた。ところが、須藤氏が営業などで数日間社を離れると、予定の半分ほどしか製造が完了していない。そんな日々が続いたことがあった。「共通のルールで製造工程を管理しているはずなのに、自分がいないだけで結果が違ってしまう。なぜかがわからなかった」(須藤氏)。

よくよく話をしてみると、そのときの製造リーダーから、「社長のやり方は人に負担がかかる。だから社長のいないときは違うやり方をしている」と言われた。

製造工程を効率化することで、人に負担をかけずに決めた量だけ製造できる。須藤氏としては、そのためにマニュアルを整備したはずだった。ところが、そのやり方が、従業員には「とにかく働け。1日の製造ノルマを達成しろ」と、とらえられていたのだ。

マニュアルは、人を追いつめるためにつくったわけではない。須藤氏は、そのことを改めて丁寧に説明した。「それまでは、『わかってくれているだろう』とやり方だけを示していた。でも、どうしてそういうやり方をするのか、その意味を時間をかけてでもわかってもらう必要があった」(須藤氏)。

今では「従業員との会話が何より大切」と語る須藤氏は、社にいるほとんどの時間を、従業員との会話に費やしている。仕事の話だけではない。雑談でも何でもいい。とにかく、会社にいるときは常に社員と話をする。もし仕事に対して何らかの不安があれば、こうした雑談の中で話を聞くこともできる。問題が生じれば徹底的に話をして、解決する。「会話だけのために出社しているようなもの」と須藤氏は笑う。


洋服店の経験が活きる

現在、ごぼう茶の販売は、青森、東京の催事を中心に行っている。販売を始めた当初は、青森で販売先を増やしながら、東京で催事などに出展し、話題づくりをしていった。

青森と東京、交互に販売していくのは、「アパレル業界でのやり方を取り入れている」と須藤氏は言う。東京に進出したからといって、東京でばかり販売していても、一過性のブームで終わってしまう。そうならないためには、地元で手堅く販売していくことも大切なのだ。

たとえば、東京で同社の商品を見た人が、青森の人に「知ってる?」と聞いたとき、「青森でいっぱい売っているよ」という答えが返ってくる。そうした繰り返しが、商品に対する信頼度を高めるのだ。

さらに、これまではごぼう茶のみを製造販売していたが、14年からは新たにミントとブレンドした「ミントごぼう茶」、ルイボスティーを混ぜた「ルイボスごぼう茶」と商品のラインアップを増やした。

「同じ場所に催事にいった際、リピーターとなってくれているお客さまに『新商品がある』と喜んでもらえるのではないかと考えた」(須藤氏)。

今年度の目標は「全国の主要都市で販売」することだ。販売拠点と販売量を増やしていくことで、雇用を増やし、製造量を増やす。そしてそれが更なる、販売量の増加につながる。こうしたプラスのサイクルがうまく回るように、まずは販売拠点を増やす活動をしていく。また、ハーブティー専門店とのコラボ商品をつくるなど、他社との協業も積極的に進めていく。


※月刊ビジネスサミット2014年4月号より

 農家の誇りを受け継いでもらいたい、そんな想いで起業した須藤氏は、「ごぼう茶を飲む」という文化を創造すべく今も東奔西走している。

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