がんばろうニッポンの中小企業とは?

「やりたいことをやる」生き方を実践

〝人〞が自然に集い語り合う場を提供

「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。」をコンセプトに、バックパッカー向けの宿を提供するBackpackers' Japan(バックパッカーズジャパン)。同社の本間貴裕社長は、学生時代に行ったオーストラリアでの体験をベースに、人が自然に集う居心地のいい空間づくりに邁進している。

日本を旅する人のための宿

東京都台東区蔵前にある問屋街。そこから少し離れた裏通りに、木製の家具が落ち着いた雰囲気を醸し出すゲストハウスがある。観光名所の浅草から近く、雷門にも徒歩15分で行ける便のいい場所だ。「玩具問屋の倉庫だった建物を借り、ゲストハウスに改装した」。こう語るのは、Backpackers' Japan( バックパッカーズジャパン)の本間貴裕社長だ。

ゲストハウスとは、アメニティサービスなどを省いた素泊まりの宿を指す。複数の宿泊者で一つの部屋を相部屋として使うドミトリータイプのものが多く、設備やサービスを省くことで、1泊2000円~3000円代と格安で提供する。一人旅のバックパッカーが滞在する宿として、海外で発展してきた。「日本を旅する人のために、ここさえ知っていれば泊まるところに困らないという宿を提供したいと考えた」。2010年にBackpackers' Japanを立ち上げた本間貴裕社長はこう語る。

会社設立当時、本間氏は24歳。大学在学中に事業計画を練り、卒業後は就職せずに起業をめざした。大学の教授、親、友人、地元のインキュベーション施設など、多くの人に自分が考えた事業計画書を見せ、アドバイスをもらった。当初の案は、全国に宿をつくり、それをバスでつないで日本一周ツアーを開催するというもの。だが、「相談した99%の人から、起業に反対された」と本間氏は振り返る。


アイデアだけでは足りない

「今考えれば稚拙だった」。本間氏は当時の企画についてこう語る。このアイデアは、在学中に1年間オーストラリアに滞在した際の経験から生まれた。国の各所にバックパッカーの宿があり、主要都市を経由する長距離バスがある。「そのバスに乗りさえすれば、オーストラリア一周ができる」(本間氏)。日本の場合、交通網が発達し、宿も全国いたるところにある。だがそれゆえに、初めて来日した人は、どこに宿泊し、どのように回ればいいのかが決めにくい。オーストラリアのように、「ここさえおさえておけば大丈夫」という、日本周遊ツアーがあれば便利だろうと考えたのだ。

だが、実際に事業を行うには、情熱とアイデアだけでは足りない。当時の事業計画に書かれていたのは、「こんなことがやりたい」というイメージのみで、具体的な構想がなかった。漠然としていて、事業として成り立つかどうかの判断すらできないものだった。相談した人から共通して言われたのが、「一度就職してからでも遅くはないのでは」という言葉だった。だが、そんな周囲の反対を押し切り、起業に踏み切った。たとえ失敗したとしても、若いうちの失敗なら取り返しがきくと考えたのだ。


自らの知恵で稼ぐ

こうして、起業した本間氏だが、実は「大学に入学した時は、学校の先生になろうと考えていた」と明かす。渡豪した経験から、「起業」という選択肢が産まれたのだ。

渡豪にあたり、本間氏はワーキングホリデー制度を利用していた。同じように渡豪する若者の多くは、滞在中に語学学校に通い、日本人が行く店でアルバイトをすることが多い。だが、せっかくの海外生活もそこにいては日本人とばかり接することになる。そこであえて学校もアルバイト先も決めず、オーストラリアを周遊した。滞在資金が底をついた時、お金を得るために始めたのが、路上パフォーマンスだった。

「たまたま宿で知り合いになった人に、パフォーマーがいた」(本間氏)。その人に、ダンスやファイヤーバスキングを教わり、一緒に路上で行うようになった。「最初は、人が集まらず、1日やっても数ドルしかもらえない日が続いた」(本間氏)。だが、どうすればいいかを考え、演目や順番などを変えると、次第に人が集まるようになった。

「技術は大切。でもそれと同様に、多くの人に立ち止まって見てもらえるようにすることも重要だった」と本間氏は言う。単に踊るのではなく、始める前に人を集め〝空気〟をつくる。人だかりがあれば、「何をやるのか?」と興味を示した人が集まってくる。パフォーマンス内容は最初と大差ないにもかかわらず、最終的には1日に数百ドルもらえるようになっていた。

自ら考え、工夫することで収益を上げることができるという経験が、本間氏の考えを変えた。教職を目指したのは、子どもたちに「与えられたことをイヤイヤやるのではなく、自分がやりたいことをやればいい」と伝えたかったからだ。だがそれは、教師となって教えるのではなく、自分自身が「やりたいことをやる」生き方を実践し、その姿を見せることで実現できると考えた。こうして起業へと舵を切り、仲間とともに1年間、起業資金を貯めながら、事業内容のブラッシュアップを行った。


特異性をアピール

本当にやりたいことは何か――。仲間四人でディスカッションを重ねた。そうして出た意見が、「国籍・性別などの垣根なく、すべての人がくつろぎ、楽しく過ごせる場を提供したい」であり、また、「日本を旅したいという人が安心して宿泊できる場所をつくりたい」ということだった。

こうして10年に生まれたのが『ゲストハウスtoco.』だ。東京都台東区下谷にある古民家を改修し、宿にした。コスト削減のために内装の改修にはボランティアを募った。その際、単に「古民家改修のボランティアを募集」ではなく、これまでのBackpackers' Japanの歩みをストーリー仕立てにしてブログにアップ。改修に関わってくれる人たちと一緒に新たな宿を創りあげたいという〝想い〟を大切にした。

こうして本間氏やほかのメンバーの友人といった親しい人だけでなく、「おもしろそう」とブログやチラシを見て集まった100人ほどがボランティアとして古民家改修に協力した。「宿が完成すると、ボランティアに来てくれた人のほとんどが、友人知人に『ゲストハウスtoco.』の存在を伝えてくれた」(本間氏)。

自分が改修に関わった宿が賑わって欲しい――。親心にも似た気持ちが、ボランティアスタッフにも生まれていた。もともとはすべてをプロの大工に依頼するには費用がかかりすぎるという理由から始まった協力依頼だったが、結果的にオープンする前から100人のファンがいる状態でのスタートとなったのだ。広告宣伝をしなくとも人が集まる仕組みができあがっていた。

『ゲストハウスtoco.』はオープン当初から、90%以上の稼働率を維持。当初の想定通り、海外から日本に来てしばらく滞在したいというバックパッカーも多く集まるが、ほかに、古民家好きの人や、ホテルとは違う場所に泊まってみたいという日本人などにも人気となっている。


誰もが楽しめる場

さらに、12年9月に蔵前に誕生したのが、二軒目の宿『Nui.』だ。前回と同様、改修にはボランティアを募集。多くの人が集まり、皆で床や壁に板を張り、新しい宿をつくっていった。『Nui.』は、1階にバーカウンターとカフェスペースがある。出張等で宿泊している人が、パソコンを開いて仕事をし、近所のお母さんたちが子どもを連れて訪れ、カフェスペースでお茶をすることもあるという。

夜が深くなれば、長期滞在予定の海外の人が観光を終えて宿に戻ってくる。「ちょっと一杯」と、カウンターで酒をたしなむ人もいる。肩書きも何も関係なく、個人として出会い、隣に座った人と酒を酌み交わし談義をする。そして翌日は、さらっと帰っていく。「誰もが居心地のいい空間をつくりたかった」。『Nui.』は、そんな本間氏の想いを体現する宿となっている。

現在、Backpackers' Japanが運営する宿は、東京都内に2軒のみだ。だが、「あと5年以内に、都内に3店舗、さらに大阪、京都、福岡など、全国の都市部に店舗を展開したい」と本間氏は言う。設立当初は、日本国内のみの展開を考えていたが、現在は海外への展開も視野に入れている。宿の運営の中で海外の人と接するうちに、同社が運営する形態の宿は、海外にも少ないことに気がついたからだ。「ゲストとスタッフや、ゲスト同士が仲良くなりやすい『空気感をつくる』という発想は、海外のゲストハウス、そしてホテルにはないもの」と本間氏は言う。Backpackers' Japanは、ホテルとゲストハウスのよさを併せ持つ新たなジャンルの宿を、世界へと広げていくことだろう。


※月刊ビジネスサミット2014年2月号より

  • 株式会社Backpackers’ Japan
  • 東京都台東区蔵前2-14-13
  • 03-6240-9854