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松田蒔絵3代目の挑戦

金と漆の造型美を守り伝える

金と漆の絶妙のバランスと艶――蒔絵。ファッションの街・東京青山で日本独特の伝統工芸品である 蒔絵の制作教室が開かれている。主催するのは越前漆器の伝統を汲む松田蒔絵3代目の松田祥幹氏。 放っておけば衰退してしまう可能性もある蒔絵の魅力を広げようと孤軍奮闘する日々が続く。

3代続く蒔絵師の血筋

蒔絵は奈良時代に発祥したとされる日本の伝統工芸だ。世界各地には金を使った芸術が数多く残されているが、日本では漆を使って金を接着させた。蒔絵は筆に漆を付けて文様を描き、金を粉末にして漆の文様の上にパラパラと蒔く。蒔いた金粉を磨く。こうして精緻な蒔絵が出来上がる。

平安貴族、戦国武将、江戸の武家たちから愛され、発展を遂げてきた蒔絵の主産地は京都、江戸、金沢だが、松田蒔絵の松田祥幹氏は越前河和田︵福井県鯖江市︶の越前漆器の伝統をベースにしている。

祥幹氏の祖父、松田秀悦氏は京蒔絵と会津塗を融合させた独自の技法で松田蒔絵を完成させ、仕事が途絶えた戦時中に膨大な型紙と下絵を残す。2代目で父親に当たる眞扶氏は座卓や棚、屏風などの大作に挑み、その多くは公共施設などに納められている。平成20年に選ばれた「現代の名工」の一人だ。

こうした環境に生まれた3代目の祥幹氏は幼い頃から筆を握り、呉藤譲太郎氏のもとで山中塗の修行を積み、やがて故郷の河和田で父親とともに蒔絵制作に打ち込み、次々と賞を受賞していく。


京都の露店販売で市場の声を知る

順調と思われたその矢先、交通事故で九死に一生を得た祥幹氏は病床で悟りを得る。時はバブル崩壊の時代。漆器も中国産の低価格品が流入し始める。販売を問屋に頼り切りだった松田蒔絵はもとより越前漆器は注文が途絶え、苦境に陥る。

その時、祥幹氏は問屋に頼らず、自分で販路を拓く道を採る。京都の北野天満宮と東寺での露店販売だった。「露店に並べて自分で販売してみて、初めて買っていただく人の気持ちが分かった」と当時を振り返る。例えば、値切ってくる客がいる。1万円と言っているのに「7000円にしろ」と言う。ダメだと言うと今度は商品にケチを付けてくる。「苦労して作っているのに、まったく失礼だ」と祥幹氏は熱くなった。しかし、「値切っていろいろ言ってくる人は買いたい人だよ」という母親の一言にハッとする。

その客に如何に自分の作品の価値を伝えることができるのか。それまで問屋任せで市場について無頓着だった祥幹氏はこの時、伝え方の重要さを学んだという。7年間の露天販売で得たものは大きかった。「これはあなたが作ったものですか」と通りかかった人が尋ねてきた。人の縁、時の運というべきか。この人との出会いがきっかけで百貨店にも出品できるようになり、復権の流れをつかんだ。


夢は海外展開

奈良時代から1500年の歴史を持つ蒔絵で、祥幹氏が初めて実現させたものにガラス表面への漆の付着技法がある。手法は「企業秘密」ということだが、漆に配合物を工夫することで可能になった。蒔絵が施された見事な文様のワイングラスなど多くの作品を発表している。

だが、祥幹氏にとって、これも一つの作品に過ぎない。「作品には素っ裸の自分全体が出る」。江戸時代には東京には3000人を超える蒔絵師が存在したというが、現在は祥幹氏を含め数えるほどだ。

下地づくり、塗りなど放っておけば消えていく蒔絵の技術を後世に残したいと東京・青山で始めた蒔絵教室。蒔絵スタジオ祥幹で蒔絵制作の魅力と楽しみを市井の人々に伝えている祥幹氏の夢は海外展開へと広がる。

蒔絵は海外では古くから『JAPAN』と呼ばれ、日本を代表する伝統工芸品として珍重されてきた。蒔絵で世界に羽ばたく松田祥幹氏のクールジャパンへの挑戦がいま、始まろうとしている。

※月刊ビジネスサミット2014年4月号より

  • 松田蒔絵株式会社
  • 福井県鯖江市河田町12-17
  • 0778-65-0760